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〔山田秀三文庫の資料から〕

小樽の地名調査関係資料

(資料番号:YM0600-01-05,YP1302-104-07,YM0597-01,YF0512)

 小樽とその周辺は、山田秀三が北海道で行ってきた地名調査の中でも、もっとも早くから取り組んできた地域の一つである。

 当研究センターの山田秀三文庫の写真資料の中で、北海道での地名調査に関する写真として確認できるもっとも古いものは、1952(昭和27)年頃に小樽や余市で撮影されたフィルムである。

 その後、晩年に至るまで、山田は何度もこの地を訪れ、各地を廻っている。

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写真①
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写真②

 写真①[YM0600-01-05] は、このような小樽での地名調査の資料の一つで、国土地理院5万分の1地形図「小樽東部」「銭函(ぜにばこ)」「小樽西部」「余市」の4枚を貼り合わせたものである。古地図や古い文献の記述が転記され、さらに現地調査の記録がびっしりと書き込まれている。ここにはその中の小樽市銭函付近の部分を掲載した。


 写真②[YP1302-104-07] は、1952(昭和27)年に、洞窟の遺跡で有名な余市の畚部(ふごっぺ)にて撮影された写真。道路(国道5号線)に立っているのが山田秀三。


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写真③
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写真④
 

 山田秀三は、多くの地域で地元の郷土史家と交友を持っている。小樽でも、北海道史研究者として知られる越崎宗一(こしざきそういち)氏(1901~1977)、忍路の鰊漁場の網元の家に育ち、郷土史家でもあり忍路の鰊漁歌の保存にも熱心だった須摩正敏(すままさとし)(1919~1990)氏らと、早くから知己の仲となっている。
 実際、山田文庫の小樽関係の資料の中には、越崎宗一氏ら小樽の人びとから提供されたり教示を受けたりした資料がたくさん含まれている。また、1973年と1979年には地元の小樽史談会の求めに応じて小樽でアイヌ語地名に関する講演を行っている。

 

 写真③ [YM0597-01] は、越崎宗一が収集し保存していた明治初年の小樽の古地図を山田が書き写したもの。

 写真④ [YF0512] は、 1973年の小樽史談会での講義のときのテキストになったと思われる資料。

『センターだより』33号をご覧になる場合は、こちらへ

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