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こんなときは

人物の足跡や関係する資料について知りたい

  

 研究センターによく寄せられる問い合わせの一つに、ある人物について、その略歴や関係する文献を知りたいというものがあります。最近では、アイヌ文化に関する学習・伝承活動の中で、それぞれの地域の伝承者に関する記録がどのような文献に載っているかを探したい、といった問い合わせも見られます。

区切り点

 その人の簡単なプロフィールを知るには人名辞典等を、より詳しく関係する文献や資料などを調べるための手がかりとしては、人物文献目録等を用います。現在では『人物レファレンス事典』(日外アソシエーツ)のような文献が数種類あり、インターネット上ではさらに情報が充実し横断検索も可能な「人物レファレンス辞典Plus」(同)も開設されるなど、こうした調査のための情報源は比較的整備されています。

 とはいえ、これらの文献やデータベースから得られるアイヌ関係の情報量は、残念ながらそう多いものではありません。

 例えば『日本人物文献目録』(平凡社、初版1979年)は、約3万名を掲載する、刊行当時としては画期的な大著ですが、アイヌの文化や歴史の関係者としては僅かに知里真志保(ちりましほ)、違星北斗(いぼしほくと)、金田一京助(きんだいちきょうすけ)らを見つけることができるのみです。近年の辞典類では掲載される人数も増えており、『近代日本社会運動史人物大事典』(全5巻、日外アソシエーツ、1997年)や、『日本女性史大辞典』(吉川弘文館、2008年)などは、比較的多くの人物が掲載されているものの、多くの辞典類では、比較的知られている人が中心になっている点は否めません。個々の人物についての詳しい情報、という点についても、文学史や思想史等の分野では、主要な人物について、年譜、著作目録、関係文献の情報などを網羅した人物書誌と呼ばれるものが多く出版されていますが、アイヌの人々に関するものはまだほとんど見られません。

区切り点

 北海道に関するものでは、古くは大正時代に執筆された河野常吉(こうのつねきち)編著『北海道史人名字彙』(北海道出版企画センター、1979年)は、約1,100名を掲載し、アイヌについても江戸時代以前の記録に載っている人物や押杵帯九郎(おしきねおびくろう)のようにその後あまり知られることの少なかった人まで、かなりの人数を掲載しています。比較的近年では、『北海道大百科事典』(北海道新聞社、1981年)の内容をもとにした『北海道歴史人物事典』(同、1993年)なども出版されているほか、『根室・千島歴史人名事典』(同刊行会、2002年)など、より地域に焦点を合わせた出版も見られるようになりました。また、北海道立図書館北方資料部では『北海道人物文献目録(明治〜戦前期)』(北海道立図書館、2009年)をまとめ、同館のホームページ上にPDFファイルでも掲載するなど、インターネット上から閲覧できるものも増えつつあります。

 アイヌ自身による著作が登場するのは20世紀に入ってからのことですが、その中でも先駆者や同時代の人物の消息などがしばしば取り上げられています。中でも旭川の荒井源次郎さんは、地元の雑誌に「アイヌ人物伝」を連載し、没後その遺稿がまとめられ『荒井源次郎遺稿 アイヌ人物伝』(北海道出版企画センター、1992年)として出版されました。ここでは78名が取り上げられています。

区切り点

 こうした中で、アイヌ文化に関して特筆すべき文献は、やはり『文献上のエカシとフチ』(札幌テレビ放送、1983年)だと思います。

 この本は、『エカシとフチ』という、アイヌの古老からの聞き書きをまとめた本の「資料編」として編さんされたものです。掲載した人数は519名に上り、それぞれの人物について、生没年、出身地、生活体験地のほか、その人に関する記録が載っている文献名などが記されています。掲載した人数の多さ、調査した範囲の広さ、出典を明記している点など、刊行から30年近くを経た今でも他に類するものがない大きな業績だと思います。

 多くの人名辞典は、通常、先ず著名な人物を選び出しその人に関して記述していく、という手順で編さんされます。これに対し、この本は、明治以降に刊行されたアイヌの文化や歴史に関する文献等の中から伝承者らの名前が比較的多く記録されているものを選び、そのうち420点から1,418名の人名を抜き出し、その中でまとまったデータを得ることのできた人たちを本文に掲載する
、という作業によっています。調査の範囲が網羅的であり、かつ明示されていることによって、今後の作業の基盤になりえるという点でも大きな意義を有しています。コンピューターなどによらずに、限られた時間の中で濃密な調査を重ねた編集作業、特にその中心を担った小柳誠之(こやなぎまさゆき)さんの労は、相当なものだったと思います。

 ただ残念ながら、刊行から年月を経ているため、近年の情報については、その後の文献で補う必要があります。例えば北海道教育委員会が毎年発行してきた『アイヌ民俗文化財調査報告書』(1981年~)、『アイヌ無形民俗文化財記録刊行シリーズ』(1988~2004年)には、毎回、各地の伝承者の記録が掲載されていますが、さて誰の記録がどこに載っているかを調べようとすると、一部については高橋規「『アイヌ民俗文化財調査報告書』全18冊の内容別・伝承者別リストについて」(『アイヌ文化』第25号、アイヌ無形文化伝承保存会、2001年)のような便利な手がかりもあるものの、未だ十分には整備されていないのが現状です。


 人物に関して調べる際には、特に古い文献には誤った情報や偏見に基づく記述もまま見られること、人物の履歴の追跡がプライバシーの侵害につながらないようにする等の留意も必要です。

 また、辞典・事典類の中には、他の文献からの孫引きの記述も見られるので注意が必要です。出典を明記し参考文献を挙げているもののほうが、より深く調べたりする際にも役立ちます。ここ数年の、インターネットにおける各種のデータベースの提供や図書の復刻出版等による情報量の増加には目覚しいものがあります。この傾向は今後いっそう進むと思いますが、典拠のしっかりしたデータが大切になります。そのような意味でも、『文献上のエカシとフチ』のような仕事が大事だと思います。

 小柳さんによるこの本の序文は、掲載できなかった人がなお多数いることを記し、「たいへん心残りのことである」「さらに関係機関や関係者によって集大成することが望まれる」と述べています。今後に託された宿題を果していくことに、当研究センターとしても努めていきたいと思います。

(研究職員 小川正人)



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