- 概要を調べたいとき
- より広く調べたい(個々の曲の内容、音楽的な要素、地域ごとの伝承曲、
ジャンル区分、曲の背景となる民俗情報、など)とき
- 実際に音を聴いて調べたいとき
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はじめに
アイヌの伝統的な音楽について何かを調べるといっても、テーマや対象、時代、地域によって、参照すべき資料はさまざまです。一度に全体を把握するのに便利な目録や総覧のような資料は、まだ公刊されていません。
しかし、総覧とまでいかなくても、手がかりにできるいくつかの文献や音声資料を参照することは可能です。
ここでは、アイヌの伝統的な音楽全般についての基本的なことがらを知るための資料、テーマを定める前の予備知識を得られる資料、調べる際の目安となるような資料のいくつかを、紹介します。
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1. 概要を調べたいとき |
伝統的なアイヌ音楽について「まだほとんど何も知らないので概要を知りたい」ときや、「ある程度知っているが、調べたいことがらについてどんな資料があるのかわからない」ときは、当センターの発行する『ポン・カンピソシ 7 芸能』をごらんください(このサイト内にもPDFファイルを掲載しています)。
アイヌ音楽の概要の解説のページのあとに、概説的・入門的な図書や視聴覚資料、資料を見たり聴いたりできる施設などについて紹介するページがあります。ここから、調べものの手がかりとなる情報が大まかにつかめます。
(『ポン・カンピソシ 7 芸能』が発行された平成13年以降の情報については、参考文献や施設などの追加情報を作成しています(このサイトにも掲載しています)ので、そちらももごらんください。)
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2. より広く調べたい(個々の曲の内容、音楽的な要素、地域ごとの伝承曲、ジャンル区分、曲の背景となる民俗情報、など)とき |
アイヌ音楽のジャンルや資料情報を大まかにつかんだところで、さらにいろいろ広く深く調べたいとき、たとえば…
・「この地域にはどんな歌が伝承されているのか」「このジャンルにはどんな歌があるのか」など、大きな枠組みから調べたくなったとき
・「具体的な歌詞やメロディが知りたい」「この歌について伝わっていることがらを知りたい」など、個々の曲について調べたくなったとき
・「どのように演奏されるのか知りたい」「音楽的な特徴を知りたい」「メロディの構造を調べたい」など、音楽面についての専門的なことがらを調べたくなったとき
…こんなときは、どんな資料を最初に参照したらよいでしょうか。
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そのような場合、アイヌ音楽の全体を概観するとともに、具体的な曲別に音楽的情報・民俗的情報を参照したり、伝承地域別に検索できる文献として、
・日本放送協会(編)『アイヌ伝統音楽』(1965年、日本放送出版協会)
をあげることができます。
「はしがきと凡例」によれば、1961~1963年、日本放送協会札幌放送局が企画した「アイヌ伝統音楽収集整備計画」に基づく総合的な調査が行われました。当時で可能な限り広範な地域(22市町村、68地区)と多くの伝承者(273名)を対象として、儀式などの折に行う「座り歌」「踊り歌」をはじめ、日常生活を背景とする「子守歌」「労働歌」「まじない」「叙情歌」や、旋律にのせて語る物語など、旋律を伴う口頭伝承のほとんど全てを採録した事業だったといえます。
この事業で録音されたものの中から440曲を抽出し、アイヌ音楽の総合的調査の報告書として刊行したのが『アイヌ伝統音楽』です。本体の他にソノシート(4枚8面、計64曲)が付録されています。各曲の収録時間は短いですが、色々なジャンルの歌の演唱例を聴くことができます。
『アイヌ伝統音楽』の中で、音楽面についての記述のもとになっている音そのものは、今のところこのソノシート以外に一般に聴く手段はありません※1。しかし、録音をもとに記した譜例が豊富に掲載されているので、旋律の大まかな姿を捉えることができます。また、それぞれの曲の歌詞や訳、歌う場面など歌にまつわる民俗的なことがらについても解説されています。
巻末には地域別索引や歌詞の索引などがあり、曲を検索するのに利用できます。
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もちろん、この1冊だけでアイヌ音楽について何もかも答えられる、というわけではありません。
『アイヌ伝統音楽』はあくまで1960年代前半の伝承の現状を記したものですから、ここに記されたことが、それ以前や以後についても常に当てはまるわけではありません。伝承状況の記述や民俗や歌詞などの解釈にしても、その後の研究の蓄積をふまえた今日的視点からすれば不十分な場合もあることを念頭において読むことが必要です。
また、この本を特徴づけている豊富な譜例は、旋律の姿を伝え音楽面の説明を助けています。しかし楽譜は、実際の音の姿を知る上で、必ずしも万能ではありません。同じ五線譜という形態をとっていても、一般にイメージされる「それを見て演奏・再現する」といった楽譜とは、用途も性質も全く異なっています。
これらの譜例は、実際に演奏された音をもとに、一定の凡例に従って書きとったものですから、凡例の設定によっては記述される要素が違うこともありえます。またそもそも、五線譜のシステムでは書き表せない音楽的要素がアイヌ音楽には豊富にある、と言われています※2。
このように『アイヌ伝統音楽』は、調査された当時の状況とこんにちとの違いや、採譜の用途や五線譜記譜法の限界などをふまえながら参照することが必要です。
とはいえ、研究史的には、アイヌ音楽を音楽学的方法のもと記述することをテーマとした初めての単行書です。いくつかのジャンルの音楽的特徴を専門的に解説したり、アイヌ音楽の音組織などについてのまとまった論考を掲載したりすることは、それまでにはありませんでした。その後でさえも、これほど音楽に関する情報が多岐にわたり豊富である点において、匹敵するものは他に類を見ません。
いくつか留意点はあるものの、今日でも『アイヌ伝統音楽』はアイヌ音楽の研究にとって必読の著作だといえます。ただ、現在では絶版となっているため、図書館などで閲覧するか、古書を探さなければならないのが難点です。
※1 この調査での録音から制作された資料として、ほかにNHKの放送用に作成された『アイヌの音楽』(1967年、日本放送協会放送業務局資料部音楽資料課)というLPレコード盤(10枚組)があります。放送局の内部向け資料として制作されたため市販されることはなかったようですが、北海道立図書館などの公的機関で所蔵しているところもあります。
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日本放送協会編『アイヌ伝統音楽』 |
※2 五線譜記譜法は、時間の刻み方(リズム)と音の高さの変化とを、同時に、客観的・合理的に記録することに長じたシステムですが、万能ではありません。たとえば、声や音の出し方(演奏方法)や、それに伴う音色の変化を表わすことにはあまり向いていないと言われています。
古い時代のアイヌ音楽では、音色の多様な変化が重要とされていました。それも変え方が厳密に決められているわけではなく、むしろ即興的に変えていくことが本質的なやり方だったと言われています。こうした伝統的なアイヌ音楽の本質的な要素を考えると、五線譜記譜法に限らず記譜することじたいに、一定の限度があるというわけです。
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3. 実際に音を聴いて調べたい |
調べたい歌やジャンルがある程度分かっていて、具体的な演奏で聴いて確かめたいときは、どんな資料から調べたらよいでしょうか。
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これまで公刊された視聴覚資料については、当センターの小冊子『ポン カンピソシ 7 芸能』P.24~27、および小冊子の「追加情報」で、ほぼ一覧できます。
しかし、わりあいに古い時代の録音資料となると、そう多くはありません。また、どんなに時代を遡ってもここ1世紀ほどの記録に限られてしまいます。
市販されたレコード盤もいくつかありますが、たとえ古い資料を入手できても音を再生する機械がなかったり、資料の劣化損傷で再生できないこともあります(もちろん、資料の目次や解説書などを閲覧するだけでもかなりの情報が得られるのですが)。
そのように限られた資料の中でも、
・前述の1や2の記述の背景となっていると思われる時代や様式の曲を収録している
・学術的サポートのもと制作されている
・比較的多くのジャンルにわたって収録されている
といった条件を備えた資料として、次の(1)と(2)を紹介します。
(なお、2で触れた『アイヌ伝統音楽』付録のソノシートも上記の条件を備えた資料ですが、ここでは割愛します)。
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(1)『アイヌ歌謡集 第1集』『同 第2集』、および『樺太アイヌの古謡』
(2)『アイヌ・北方民族の芸能』
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(1)『アイヌ歌謡集 第1集』『同 第2集』、および『樺太アイヌの古謡』 |
アイヌ音楽について何か調べる際に参照されることが多く、前述の『アイヌ伝統音楽』事業に匹敵するくらい広範な地域・ジャンルにわたって録音された資料の一つに、
・知里真志保(監修)『アイヌ歌謡集 第1集』
(1948年、日本放送協会放送文化研究所、日本コロムビア)
・知里真志保(監修)『アイヌ歌謡集 第2集』
(1949年、日本放送協会放送文化研究所、日本コロムビア)
・日本放送協会(編)『樺太アイヌの古謡』
(1951年、日本放送協会)
があります。
『第1集』は26枚組の、『第2集』は15枚組のSPレコード集、『樺太アイヌの古謡』は合計21枚の準長時間SPレコード集で、戦後まもなく現地録音で制作されたものです。
現在は国立国会図書館など一部の機関でしか試聴できませんが、次の文献で、これらレコードの曲目や収録地などの情報を一覧することができます。
・伴野有市郎「戦後まもない頃のアイヌ歌謡のレコード」
(1986年、『参考書誌研究』31、国立国会図書館)
・伴野有市郎「戦後間もない頃録音されたカラフト・アイヌの歌謡」
(1991年、『参考書誌研究』39、国立国会図書館)
また、知里真志保「アイヌの歌謡(第一集)」(1948年、『知里真志保著作集2』(1973年、平凡社)所収)は、このレコードの制作にあたり監修をつとめた著者が、内部用の解説書として書かれたものとされています。
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(2)『アイヌ・北方民族の芸能』 |
録音された時期が比較的古いわりに一般に入手しやすく、幅広いジャンルや地域にまたがっている音声資料集として、2008年に3枚組のCDとして発売された、
・本田安次・萱野茂(監修)『アイヌ・北方民族の芸能』
(2008年、日本伝統文化振興財団)
をあげることができます。
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『アイヌ・北方民族の芸能』 |
このCDには、1949年から1976年までの間に録音された、釧路市・標茶町・平取町・静内町・旭川市・サハリンの出身者らによる演奏が収められています。1976年にLPレコード盤として発売された(このときは、「日本の民俗音楽」シリーズの別巻として、現在のCDとは違うタイトルでした)後、絶版となって久しかったのですが、2008年にCDで復刻されました。
復刻盤のブックレットでは、現代のアイヌ語研究者らによってかつてのLP盤の解説書が点検され、歌詞の表記や日本語訳など全面的に改訂されているほか、現代の研究成果を踏まえた解説文や注記が加えられています。
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(研究職員 甲地利恵)
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