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恋の話は古今東西を問わずたくさんありますが、アイヌの物語の中にもよく登場し、その表現も実に豊かです。
例えば、ある物語の中では一人の少年をめぐった言い争いが語られています。
物語の主人公である少年(ポイヤウンペ)に、"クンネペッの姉妹"と呼ばれる姉妹が同行しているところへ、スマサムピューカの女というのが現れます。彼女は主人公に惚れているようで、姉妹に向かって、「あなたたち、その少年が好きだから付きまとってるんでしょ!私と勝負しなさい!」と叫びます。
すると、姉妹の姉のほうが、次のような言葉を言い返します。
ウ ネイタトゥ スイ (どこに二回)
ウ ネイタレ スイ (どこに三回)
シネ オッカヨ (一人の男に)
アオシッコテ (私たちが惚れて)
キ カトゥフ (そのようなことを)
ソモ タパンナ (しているのではないぞ)
この言葉が意味するところは、「わたしたちは、この男に惚れて、何回も味方して戦っている訳ではないわよ!」です。「どこに二回/どこに三回」という言い方は、アイヌの口承文芸によく出てくる表現で、「何度も何度も」という意味を表しています。このあと姉は、なぜ自分たちが少年とともにいるのか、そのわけを話しますが、物語は、やはり言い争うだけでは済まない方向へと展開していきます…。
上のアイヌ語の中にアオシッコテ「私たちが惚れる」という表現があります。
この「オシッコテ」は、言い得て妙だなあ、と感心してしまう単語の一つです。最初の「ア」は、「私たちが」を意味しており、常に動詞にくっついて用いられます。(「人称接辞」といいます。)
「オシッコテ」(osikkote)は、o(~の末端)-sik(目)- kote(~に~を結びつける)で、「~の末端に目を結びつける」つまり、魅かれた人の姿をつい目で追いかけてしまう、まさにそのような心理を表現した単語だと解釈できます。すてきな人に惚れて、つい「オシッコテ」した経験は誰しもあるのではないでしょうか。
アイヌ語には、こんなふうに、思わず感心してしまう表現がたくさんあります。また、今回はこの物語をこれ以上紹介できないのが残念ですが、この後、日本の昔話や現在よく観るドラマの内容からすると、「え!」と思うストーリーになっていきます。
これからも、アイヌ語の面白さやいろいろな物語の味わい深いところなどを、お伝えしていければと思います。
※今回紹介した物語は、『萱野茂のアイヌ神話集成 7 ユカラⅠ』(平凡社、1998年)という本に載っている「スマサムピューカ 魔性の村」の一部です。だだし、日本語訳は新たに付けました。
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